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青丘文庫研究会月報<237号> 2009年11月1日

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 @在日朝鮮人運動史研究会関西部会(代表・飛田雄一)

 A朝鮮近現代史研究会(代表・水野直樹)

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     他に、青丘文庫に寄付する図書の購入費として2000円/年をお願いします。=========================================================================

●青丘文庫研究会のご案内●

 ■第315回・在日朝鮮人運動史研究会関西部会

  11月8日(日)午後3〜5時

  「戦前・戦時下の福井県の在日朝鮮人の諸相」 砂上昌一

 ■第269回・朝鮮近現代史研究会

  11月8日(日)午後1〜3時

  「紛争社会の空間変容―1945年前後の済州島を事例として―」

                           高誠晩

 ※会場 神戸市立中央図書館内 青丘文庫  TEL 078-371-3351

 

<巻頭エッセー>

近藤宏一さん(長島愛生園)は、大和川事件の生き証人

「無らい県運動」時代の大和川の朝鮮人患者たち        三宅美千子

 

 大阪市と堺市の間を流れる大和川河口には鉄橋や橋が多い。その河川敷や堤防周辺には、昭

和初期の不況時代から故郷に住めないハンセン病患者を含む人達が集住するようになった。

「大阪府警察史第二巻」(大正・昭和戦前編・1972)第二編の第四章 刑事事件とは、一、六反池殺人事件。二、ピス健事件。三、岸の里魔の家事件。四、堀江の長者殺し。五、井上巡査殺し事件。六、五十銭貨幣偽造行使事件。そして最後に『七「らい患者窃盗団事件」』となっている。「1938年2月から5月にかけて住吉区西住之江町7丁目253(南海本線鉄橋下に近い大和川堤防下)で朝鮮人「らい患者」30人と西成区梅通六丁目二番地(通称らい長屋)で16人を検挙」、日本人を含むが、「窃盗」・「故買」で起訴されて大阪刑務所病監に5人、起訴猶予になった人のうち長島らい療養所に10人、22人は、小鹿島らい療養所へ送致送還、釜山警察へ5人引渡し」(1938年8月)との処分結果と217日の一斉検挙の模様が報告されているが、その事件は「大阪朝日」(1938・2・18)に掲載されている。

 旧泉北郡出身の近藤宏一さんは、小学校6年になったばかりの1938428日、長島愛生園(岡山)に送られる為に父親に連れられて大阪駅に着いた。大阪駅西口で麻縄に繋がれた朝鮮語を話す4人の男性と出会ったことが今でも忘れられないそうだ。彼らが大和川河川敷の南海本線鉄橋下付近で検挙され、「長島らい療養所」へ収容された10人中の朝鮮人患者4人だと知ったのは数年前である。(2003年4月号)「ハンセン病隔離の歴史・第2部第1回故郷を追われて長島へ」(つむらあつこ)より近藤さんの証言を引用すると「ズボンが破れて貧しい格好をした男性4人が麻縄に繋がれて数珠繋ぎにされて大阪府の車から降りて来た。先頭に大阪府の警察官、後ろに白衣を着た大阪府の医者に囲まれて構内の方へ歩いて行くのが見えた。医者は家に診察に来ていた人だったから、4人が患者だというのがすぐ分かった。彼らが歩いて行くとその後を職員が大きなジョウロで、これ見よがしに消毒液を撒くんだ。・・・虫明港についた。・・・船に乗る瞬間、初めて縄を解かれ・・・船の中で4人は屈託なく大声で談笑しはじめるんだ。日本語と朝鮮語の両方で話していた。4人とも病気は軽そうで、2040代だったかな。・・・愛生園に来て2ケ月位たった頃かな、僕がグランドで遊んでいたら、4人のうちの1人が通って、僕に「大阪のぼんぼん、お父さんは面会に来るか」と聞くんだ。・・・その人が10銭をくれたんだ。『何かうまいものでも買え』って。・・・お礼を言うために彼らがいる寮を訪ねたら『もういない。逃走した』と言われた。この4人は僕の収容仲間だった。もし、彼らが犯罪でも犯していたら愛生園にも監禁室があったからそこに入れられたはずだけど、そんなことは聞かなかった」となっている。「大阪府警察史」の朝鮮人患者検挙事件のことを、知った近藤さんは、園に確かめた。なんと警察文書に掲載されている名前が自分と一緒に収容された4人のうちの1人の名前だった。60年以上の年月を経て大和川で検挙された人だと分かった訳だが、大和川朝鮮人患者検挙事件の当事者の具体像が初めて明らかになった話である。

 日中戦争が始まり「無らい県運動」が健民健兵政策として進められて行く時代、同警察史(772頁)に「所轄住吉署では、今この機会を逸すれば、強盗・強かん・殺人にまで発達する恐れがあるとして、本部刑務課の応援を得て一斉検挙にふみきった。」とあり、最初に上げた他の6つの刑事事件とは違い、ハンセン病患者に対する侮蔑的な見方、事件に発展する恐れがあるという予断に基づく検挙がなされたと言わなければならない。

 「在日朝鮮人関係資料集成第四巻」(朴慶植・1976)の3在留朝鮮人運動日誌中「特高月報」の1938年9月29日欄に「大阪市住吉区西住之江町7丁目朝鮮人密集地域付近には従来数十名に上る内鮮人癩患者集結し、他人に嫌忌せらるゝを奇貨とし遂に窃盗団を組織し各所に出没窃盗その他の犯行を反覆著しく治安を紊し居りたるを以て昨年11月一斉検挙し、その後一時影を潜めたるも、最近又もや蝟集し、白昼公然と犯罪を敢行するに至りたるを以て、今回再度一斉検挙を為し、鮮人癩患者七名は不良朝鮮人として送還せり。」とある。この2つの一斉検挙の間に2月17日の大検挙があったのだが「特高月報」の記述はない。歴史的経緯を解明する必要がある。小鹿島らい療養所に送還された22人の行方が分からない事は「小鹿島更生園強制収容患者の被害事実とその責任所在」(滝尾英二・2000年)に詳しい。「朝鮮人」であること、「ハンセン病患者」であることが如何に治安上問題にされてきたか再認識させられる。植民地下朝鮮半島から生活の為、やむなく渡航、その上ハンセン病を患いどんな暮らしができたのか?警察によって「窃盗団」として報告された真相はどうだったのか疑問は深まるばかりである。

 

在日朝鮮人運動史研究会編『在日朝鮮人史研究』39号 発売中

(2009年10月、A5、225頁、緑陰書房発行、2520円)

※特価2000円で販売します。購入希望者は、郵便振替<00970−0−68837 青丘文庫月報>で送料160円とあわせて、2160円を送金ください。

<目次>

福音印刷合資会社と在日朝鮮人留学生の出版史(一九一四〜一九二二) 小野 容照

大阪−済州島航路の経営と済州島民族資本

 −「済友社」・「済州島汽船」・「企業同盟」− 塚崎 昌之

戦前・戦時下における石川県の在日朝鮮人の諸相

 −人口移動・内鮮融和団体・朝鮮飴売り−  秒上 昌一

常磐炭田朝鮮人戦時動員被害者と遺族からの聞き取り調査 瀧田 光司

「解放」徳後の福岡県における朝鮮人「帰還」 鈴木 久美

神奈川における在日朝鮮人の民族教育―一九四五〜四九年を中心に― 今里 幸子

<資料紹介>『外国人登録関係』 金 浩

 

267回朝鮮近現代史研究会(2009.9.13

植民地朝鮮における中国人労働者(その6

新聞記事にみる万宝山事件の影響        堀内 稔

 

 万宝山事件とは『朝鮮を知る辞典』によると、「日本帝国主義のため土地を奪取された朝鮮農民の<満州>移住によって、1931年に起きた朝鮮・中国両民族の対立事件」で長春郊外の万宝山で朝鮮農民が水田経営のために水路を同年7月中国人が破壊したことに端を発した衝突事件と、日本が朝・中両民族の離間を助長するため水路破壊を誇大に宣伝し、<満州同胞の安危急迫>などと扇動的に報道したため、逆に朝鮮内で激しい排華暴動が起こった事件を総称するものである。

 このうち、朝鮮国内での中国人迫害事件は「わずかに咸鏡北道の一道を除きほとんどの地域で発生、その件数は四百余件に達し」(「東亜日報」)、それによる被害は死亡127名、負傷392名(リットン調査団報告)で、とりわけ平壌での被害が大きかった。こうした中国人迫害事件が朝鮮社会にどのような影響を与えたのか。これまでの研究では、朝鮮各地における被害状況や迫害を止めようとした朝鮮人団体などの動きについての言及はあるが、中国人労働者や蔬菜業者など個別の中国人についての言及はほとんどない。わずかに商人における影響が触れられている程度である。

 今回の報告は、万宝山事件が朝鮮内の中国人労働者にどのような影響を与えたのかを主テーマにした。まとまった資料はないため、新聞記事(主に『毎日申報』、『東亜日報』、『朝鮮日報』)に掲載されたものをもとに構成した。事件の中国人労働者への一義的影響としては、迫害からの避難および帰国が考えられるが、彼らの帰国が朝鮮社会にどのような影響を与えたのかにも注目した。

 中国人労働者数の推移は全体で、192626,829人、192727,724人、192830,106人、192932,427人、193035,362人、193119,658人、193222,727人、193322,294人となっている(警務局保安課『高等警察報』第三号、1934年)。1931年は前年に比べ14,000人近く減少しており、明らかに万宝山事件の影響が認められる。

 中国人労働者の帰国によりかなりの影響を受けたのは建築業界。石工をはじめ煉瓦工、木工など技術系労働に中国人が多かったからである。その一例として、次のような新聞記事がある。「煉瓦工不足で賃金が高騰/高い賃金を出しても技術者不足で平壌請負業者は打撃=襲撃事件により中国人木工、土工、煉瓦工などが帰国したため、土木建築界に大きな支障が生じているが、残っている煉瓦工は四、五名、木工は二十三名、石工は全部帰国し、目下建築中の煉瓦家屋は中断状態に陥っており、対策講究に奔走中である。朝鮮人、中国人の日給も以前より五十銭〜一円高くなったが、職工を得るすべはない。したがって請負業者の落札金額に一大波乱を引き起こしているという」(『朝鮮日報』1931.7.21)。

 工事が遅延したり中断するなどの影響を受けた工事現場には、大同郡長水院水利組合工事、東海鉄道敷設工事、慶尚北道安廉水利組合工事などがある。このうち東海鉄道敷設工事は、江原道通川郡の約300人の中国人労働者全員が元山に避難したが、元山では生計が成り立たないことから再び元の工事場に戻ったというもの。これらの工事場は新聞記事として掲載されたものだけだが、他にも同様の事例があったことは容易に推測できる。

 7月の万宝山事件に続き、9月には「満州事変」が勃発した。これにより中国人の帰国にさらに拍車がかかった。同年12月のある新聞は、例年この時期には中国人の帰国は多いけれどもことしは例年にもまして多いと報道している。中国人労働者は、結氷期で工事ができなくなると帰国する傾向を報じたものであるが、ここにも万宝山事件とそれに続く「満州事変」の影響がはっきり現れている。

 

●神戸学生青年センター・朝鮮史セミナー●

・「空と風と星の詩人 尹東柱」

  20091113日(金)午後7時

  尹東柱(19171945)は、1945216日、福岡刑務所で27歳の若さで非業の死を遂げた朝鮮人・学徒詩人。今年、訳書『空と風と星の詩人 尹東柱』(宋友恵著)をだされた愛沢革さんをお招きして講演会を開きます。

  講師 愛沢 革さん/会場:神戸学生青年センターホール

  参加費:600円(学生300円)/主催:神戸学生青年センター

・「青春の柳宗悦−失われんとする光化門のために」

  20091120日(金)午後7時

 「民芸運動」のリーダー広く知られている柳宗悦(やなぎ むねよし、19981961)は、朝鮮とも関係が深い。今夏、柳宗悦の伝記小説『青春の柳宗悦−失われんとする光化門のために』(社会評論社)を出版された丸山茂樹さんをお招きしてセミナーを開催します。

  講師 丸山茂樹さん/会場:神戸学生青年センターホール

  参加費:600円(学生300円)/ 主催:神戸学生青年センター

 

【今後の研究会の予定】

 12月13日、在日(杉本弘幸)、近現代史(未定)、2010年1月9日、在日(高木伸夫)、近現代史(未定)。研究会は基本的に毎月第2日曜日午後1〜5時に開きます。報告希望者は、飛田または水野までご連絡ください。 

 

【月報の巻頭エッセーの予定】

 11月号以降は、吉川絢子、李景a。よろしくお願いします。締め切りは前月の10日です。

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