青丘文庫月報・139号・99年6月1日

巻頭エッセイ

カミングス再々々挑戦     林 茂

 

 「科学の秘密のなかで、もっとも解明し難いものは、なぜ雪片は一見限りなく多様に見えながら、はっと息をのまされるほど均整がとれているのかという問である。雪片一つ一つが地面に落ちるとき、それぞれはあてどもなくしかし同時に決まった方向へ進めとの、知られざる命令に従っているのである。どの雪片もお互いに似ていないが、どれも調和のとれた形をしている。一つの雪片がもう一つの雪片に重なるとき、そのそれぞれ異なった雪片が集まって、全体をやわらかな美しき野に変え、地面を均一の美しさで覆ってしまう。即ち、雪が降ったのである。」

 この文章は、ブルース・カミングスの『朝鮮戦争の起源 第二巻 奔流の轟き 1947〜1950』の第一章の書き出しである。アメリカの政治及び外交政策の変わらぬ基本的性質を論じるこの原著第二巻の冒頭はきわめて難解である。この数年間、思い出すようにしては挑戦するのだが、その度に跳ね返され続け、日本語に置き換えてみようとする気さえ起こさせてくれない。アメリカの外交史の知識、ニーチエ、サルトル、マルクス、ポラニー等の歴史理論の理解、そして原著第一巻とは変わったカミングス自身の修辞法への慣れ、このいずれもが揃わないとどうしても読み切れないのである。

 そうこうしているうちに、世の中の変化が慌ただしい。冷戦終結後、アメリカの武力行使が断続的に続いている。高性能の超近代兵器による武力行使であるのに、当事国であるアメリカの国民全体の苦渋に満ちた判断がなされた風もない。地道な外交努力がし尽くされた後の選択でもない。国連を無視するという行為が、今後の国際政治に残すであろう負の影響が吟味されたふしもない。コソボの現状がそうであるように、武力行使のそもそもの目的とはまったく反対の結果が生じているのが明らかであるにもかかわらず、軌道修正する力が組み込まれておらず、同盟国にもそれだけの力が無い。

 それどころか、日本ではアメリカ一辺倒の外交がついに日米安保のガイドライン法案という形で、即ち軍事的な強制力となって国民の上にのしかかってきた。そして政治家のみならず社会全体が、重大な方向転換をしつつあるという自覚が乏しい。そう言う私自身、空爆がやまず泥沼化する一方の事態に、慌てて書店を覗いて数少ないユーゴ現代史の書物を繙く始末である。

カミングスの言う「雪片」は、アメリカがこれまで行ってきた武力介入の一つ一つである。乱舞しながら地面へ下りてくる雪の降り方にアメリカの外交政策を譬えているのである。それぞれの行動は、異なった地域で、異なった大義名分でそして異なった脈絡のなかで行われるが、実際はあたかも同一の指揮者のタクトに合わせているかの如くであると言う。唯一の超大国となったアメリカの国家意志の発動の仕方を、私たちは改めて知る必要に迫られている。そんな気持ちで、カミングスの原著第二巻への何度目かの挑戦を続けている昨今である。

第178回 朝鮮民族運動史研究会(3月14日)

「ワシントン時代の李承晩」 李 景a

 朝鮮社会の去る100年間の歴史を捉える上において、おそらく李承晩は格好の人物のひとりであろう。それは、彼の一生が1875年に生まれ1965年に死亡している時期的な面にもよるが、重要なことは李承晩が、朝鮮近現代史の歴史的な局面にほぼ偏在する人物だからである。韓国では最近、人物李承晩をこれまでのように独裁者として、または偉大な指導者として捉えるのではなく、客観的に評価しようとする動きが見られる。延世大学の現代韓国学研究所(柳永益所長)を中心に「李承晩研究」が活発に行われており、98年には史料集として『李承晩文書、東文篇(全18巻)』が中央日報社(国学史料院配布)から刊行されている。またソウル鍾路区梨花洞には梨花莊という李承晩記念館が設置され、ソウル市の補助金を得て運営れている。ここでは李承晩に関する史料などが一部展示されている。

さて、今日は、昨年報告の「ハワイ時代(1913年ー1939年)の李承晩」に続いて、李承晩の世界観を、彼の著書を通して考察してみたい。

 李承晩は1941年に“Japan inside out〜The Challenge of Today”(Fleming H. Revell Company,1941, New York)という本を著した。これは1940年頃戦争準備をほぼ完了したと見られる日本を紹介する書物で、アメリカ人に一種の「警鐘」として書かれたものである。李承晩は、「日本人悪人説」をやや図式化しており、この著作には当時の日本人の支配者に対する抵抗や被った受難な体験模様などの記述が見当たらない。この本は1939年から著作に取り組み、李の齢66歳で出版されたが、その日本語版は『私の日本観』(中村慶守訳、産業貿易新聞社、春陽堂書店発売、1956年)として、また朝鮮語版は『日本軍国主義実像』(李鍾益訳、ナナム、1987年)としてそれぞれ後に出ている。

この著作からみて、当時の李承晩が、日米の新聞・雑誌などを如何に丹念に読んでいたか、また実にグローバルに世界情勢を捉えていたかがよくわかる。彼の勉強熱心でかつ勤勉な生活ぶりがうかがえる。いくぶん「煽動的な叙述」臭い側面があるにしても、日本と国際情勢をよく観察していたといえよう。その内容は、おおよそ以下のごとくである。

 米国についての高い評価…米国は最も偉大で力のある国であり、全世界の平和と安全に関する諸問題の解決のために先頭に立って積極的な態度を取るべきだとし、その国際的な責任を主張する。米国は「長兄の立場で先頭に立って牛耳り、国際的な正義と全体のための平等の基礎の上に各国家間に平和と親善をもたらすよう、その偉大なる力を使用すべき」である。米国はナチスの活動にその注意を集中させていて、日本の脅威は見逃している。米国を除いては、如何なる国も日本に対して効果的な圧力を加えることができない。だが、アメリカ人は「爆弾が頭上に落ちるまでは何もしないつもりなのか」と日本の侵略準備が完了しており、現在の危機的な状況を阻止することが重要だと述べている。

 宗教国家としての日本…日本人は精神力の価値を認識して国民精神の涵養に余念がなく、自分の信心を死をもって証明することもできるのだ。神道的な天皇崇拝を最高の国教としており、この精神的武装と無敵陸海軍をもって世界を征服せんと決意している。日本の伝統的な野心は領土の拡張にある。その手始めとして朝鮮に対する侵略を繰り返した。したがって、日本を島の中に閉じ込めることを、朝鮮と中国は伝統的な政策としてきたのである。米国が「極東では中国人と朝鮮人に弾薬と戦争物質を供給して日本に挑戦させ、ヨーロッパではイギリスを援助してドイツと戦わしめて米国の防衛戦の第一線を米国の海岸線よりずっと離れたところに構築することは極めて当然のことであり、かつ賢明な策」ではないかと主張する。

そして、李承晩は近衛公爵が1940年10月6日新聞記者に語った発言を紹介しつつ「太平洋における戦争と平和の問題は、米国と日本が互いの立場を理解し、尊重しうるか否かで決定される。もしアメリカが、東亜における日本の指導権を認めれば、日本もアメリカ大陸における米国の指導権を認めるであろう。もし米国が、世界新秩序樹立のために積極的に協力しようと同盟を結んだ日独伊の真意を理解することを拒否し、この同盟が敵対行為だと信じて、三国に挑戦してくれば、戦争に突入する途以外にないであろう」 このように日本は「最後の手段として捨て鉢になって公然と威嚇している!米国人は目を大きくして見つめる必要が多分にある」のだと李は日米衝突が不可避であるとの確信を述べている。日本はカーテンの後ろで彼らの計画を完成して、行動の準備ができれば奇襲で世界を占領しようとしている。日本がその正体を現すのは言葉によってではなく、行動によってである。その時までは、日本は外部世界が自分の意図をわからぬようにするであろう。日米両国間に今まで平和が維持されたのは、全くアメリカが試練の環境で持ち続けてきた忍耐と寛容の精神に負うとことが大であると捉えている。

 また日本、朝鮮、中国における外国人記者、宣教師たちが置かれている状況や朝鮮における日本の支配政策、とくに3・1独立運動当時の基督教徒に対するその「野蛮な行動」等にも触れている。李承晩は、日本の支配者から追放されたり侮辱をうけたのは当の本人であるのはもちろん、アメリカ自身であることをとくに喚起している。そして「アジアでアメリカを攻撃する敵は、こちらの国内のアメリカ人を攻撃するのと同じである。米国が日本と平和を保っているとか、アジアの問題に関しては一切干渉する必要もないと言う話は真実ではないのだ」とアメリカ人が耳をすますように、この本は叙述されている。

 

※4月の研究会は、図書館の休館日のためお休みでした。

 

第213回 在日朝鮮人運動史研究会(2月14日)

「朝鮮人の内地渡航管理政策について−1910年代を中心に」

福井 譲 (略)

※4月の研究会は、図書館の休館日のためお休みでした。

 

青丘文庫研究会のご案内

第179回 朝鮮民族運動史研究会

1999年6月13日(日)午後1時

報告者 高正子

テーマ 「朴正煕政権下における文化の生産と仮面劇研究」

 

第214回 在日朝鮮人運動史研究会会

6月13日(日)午後3時

報告者 吉坂 有香

テーマ「「在日」外国人の高齢化と社会福祉―神戸市長田区の在日韓国・朝鮮人一世をとおして」

※会場はいずれも青丘文庫(神戸市立中央図書館内、地図参照)

【研究会の予定】

7月18日(日) 民族(森川展昭) 在日(高木伸夫)

【月報巻頭のエッセー】

7月号(金森 襄作)、9月号(福井 譲)

※前月の20日に原稿をよろしく。

 

<雑誌の紹介>

※購入希望者は神戸学生青年センター内むくげの会まで切手290円(誌代200円、送料90円)をお送りください。年間購読料は、送料とも1800円です。こちらは、郵便振替<01120−5−46997 むくげの会>までご送金ください。

『むくげ通信』174号(1999年5月30日)

研究レポート あなたが韓国人になる方法−韓国国籍法の「帰化」と「国籍回復」− 金 英達
むくげ食道楽<8> 「海雲台」(ヘウンデ) 信長正義
書評 竹国友康『ある日韓歴史の旅−鎮海と桜』 飛田 雄一
随筆 越北作曲家・金順男の一人娘・放送人 金世媛女史(下) 山根 俊郎
随想 いつ、朝鮮の統一?−民衆の自立こそ 佐久間 英明
朝鮮の暮らしと文化(53) 「大豆−起源と神話」 佐々木 道雄
中国遺跡ツアー 遼寧・吉林省の高句麗・清代遺跡を歩く(上) 寺岡 洋
書誌探索(75)朝鮮に関する論文・記事 堀内 稔

編集後記

青丘文庫学生センター