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青丘文庫月報・170号・2002月5月1日

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青丘文庫研究会のご案内●

第208回 朝鮮近現代史研究会
5月12日(日)午後1〜3時
テーマ:「証言・阪神教育闘争のころ」
報告者:金慶海

第238回 在日朝鮮人運動史研究会関西部会
5月12(日)午後3〜5時
テーマ:「最近の李承晩研究動向」
報告者:李景a
会場:青丘文庫(神戸市立中央図書館内)

<巻頭エッセー>
対馬から韓国を望む 浅田朋子

 九月のはじめ、‘快晴’を願って対馬に渡る。日本からお隣の韓国が見えるということで前々から一度訪れてみたい場所だったが、愛媛に帰省したついで(?)に行ってみることにした。
 午前十時頃福岡の博多港から出発したフェリーは、壱岐・郷ノ浦を経由し、昼を過ぎて対馬・厳原に到着する。途中、よく揺れた。厳原の港で最初に目についたのは、韓国の国旗をはためかせている高速船だった。
 この高速船といい、私の買った対馬のガイドブックには「韓国をはじめとする大陸文化が交差する対馬」とあったので、以前行ったことのある中国側の北朝鮮との国境の町「図們」をイメージしていた。だが期待は大はずれ。街を歩けども、ちらほらハングルが目に入るくらいで、ここが本当に国境の町かと疑ってしまう。厳原の家並みは日本のどこででも見ることはできるし、それに加えて武家屋敷跡の石垣の塀が、あまりにも城下町の面影を残している。
 そんななかで、江戸時代、対馬藩で朝鮮との外交官として活躍した雨森芳州という人物に出会った。芳州会会報『交隣』が厳原町資料館に売ってあった。そのN04の「教育家としての雨森芳州」で紹介されていたが、芳州は対馬藩主に対し朝鮮外交の心得を説いた『交隣提醒』の中で、「朝鮮の風俗・習慣を知り、これを尊重することが大切である」と繰り返し述べていた。現在、日本の歴史教科書や首相の靖国神社参拝をめぐり朝鮮半島や中国との関係はギクシャクしているが、芳州が説いた「誠信の交わり」について今一度考えたい。
 厳原町をあとにし、上対馬町に向かう。山と山の合間を縫うようにバスは走っていく。着いた比田勝でも、やはり国境の町という実感は涌かなかった。韓国展望台に行こうという日は、南からの前線の影響で曇っていた。宿の人にも今日は見えないだろうと言われ、半ばあきらめながら展望台に向かった。いざ展望台への坂を登りきると、目の前に韓国の山々がぼんやりと、しかしはっきりと肉眼で見ることができた。
 さらに持参した望遠鏡で見てみると、こんな曇りの日でも、建物の輪郭まではっきりしている。たしかに対馬は国境の町だった。釜山までわずか49.5km、高速船だと約1時間でたどり着く距離である。
 近いがゆえに歴史に暗い影も落としたが、この大陸に一番近い対馬で、善隣友好のために全力を尽くした人物がいたことを、忘れずにいたい。

第237回 在日朝鮮人運動史研究会関西部会3月10日(日)
在日古老の証言−徐元洙

 在日69年のうち西宮在住が65年になる。1924年10月慶尚南道金海郡(現釜山特別市)生まれ。本貫は達城徐。1933年2月、8歳の時に日本に働きに行った父を訪ね、母に連れられて日本に渡った。当時父は舞鶴の鉄道工事に従事しており、由良川で鉄道に敷く砂利を採取していた。当時の京都府何鹿郡(現綾部市)にあった飯場で生活し、小学4年生まで牛乳や新聞配達していた。
 その後西宮に移住。1940年7月、創氏改名により「達川元一」となる。これを戸籍謄本には「許可に因り云々」と書いているが、これほど人をバカにした話はない。

 1942年12月、戦時学徒動員令により西宮市立商業学校(現県立西宮高校)の旧制5年で繰り上げ卒業するが、就職問題で差別を受け放置された。徴兵制の第一期で第一乙種合格、また幹部候補生に合格するなど、皇民化教育によってまったく日本人化していただけに、就職差別はショックだった。
 翌43年2月、とあるつてから朝鮮総督府の官房文書課に雇員として就職した。官房文書課というのは、日本の中央省庁より総督宛の文書を取り扱う課で、朝鮮人として総督府の印鑑を預かったのは、私が最初にして最後であろうと思われる。
 しかし、総督府に勤めている間に、朝鮮人に対する差別、侮蔑、抑圧をいやというほど体験し、1944年5月に退職した。民族性に目覚めた私は、同じ志を持つ友人と情報のやりとりをするが、それが発覚して「朝鮮独立運動」をしたとして治安維持法違反で検挙され、神戸刑務所に投獄された。刑務所では、神戸大空襲の際に他の受刑者は安全なところに避難させてもらえたのに、私はそのままにほって置かれるなどの差別を受けた。
 懲役2年執行猶予3年の有罪判決確定後に釈放され、西宮で隣組や青年防空班長をするなかで日本の敗戦となり、解放後は同胞の帰国や教育に尽力した。西宮港からの帰国第1船が、戦後の在日朝鮮人運動の始まりとなるが、その時私が撮影した帰国第1船とそれを見送る人々の写真は、貴重な歴史資料である。
 解放後は朝鮮人連盟、朝鮮総連の各機関、事業体に従事、1993年に定年退職してフリーとなる。趣味はカメラで、在日60年間を200枚のカメラで撮り続け、カット数は15万にもおよんでいる。(堀内記)

第238回 在日朝鮮人運動史研究会関西部会4月21日(日)
草創期の阪神朝鮮初級学校:第2次朝鮮学校閉鎖令後の
公立分校化問題をめぐる対応を中心に 松田利彦

 本報告では、西宮市の阪神朝鮮初級学校(1948年9月朝聯阪神初等学院として創立)を素材として、「自主学校」型朝鮮学校が第二次朝鮮学校閉鎖令(1949年)以降、行政側との交渉をどのように行ったかという問題に関わるケーススタディをおこなった。
 創立期より1950年代初期、同校は三度にわたり行政側との間に交渉をもった。1949年の教育費公費負担要求運動、第二次朝鮮学校閉鎖令の後1950年に生じた学校公立化問題、そして1953年に学校側から西宮市議会に提出された教育費公費負担及び学校公立化を求める請願―これらのいずれにおいても、朝鮮学校側の立場は市行政・市議会側と鋭く対立することになった。全体としては、朝鮮学校側の行政に対する要求は、根底に、民族教育の自主性承認と学校財政の安定化という二つの要素をもっていた。そして、49年の請願においては二つの要素をともに実現しようとし、50年の公立分校化においてはいずれか一つの選択を迫られ、最終的に、53年の請願時には客観的にはいずれも実現不可能な状況にまで至っていた。ここに、「自主学校」型の朝鮮学校といえども固有の問題を抱えていたこと、しかもその苦難は後になればなるほど深刻化していたことを知ることができる。
 このような状況を転換させたのは、1957年に始まった朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)からの教育援助費送付の開始だった。さらにこうした財政的支援のみならず、この時期は教育内容や思想学習、帰国運動の高揚など様々な面で北朝鮮との結びつきが強まった。1959年に兵庫県から各種学校としての認可を受けたことも含め、50年代後半は今日の朝鮮学校の姿を形成した重要な転換期となった。

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●勉強会「神戸港における戦時下連合軍捕虜の強制労働」●
日時:6月13日(木)午後6時30分
会場:神戸学生青年センター
講演@「日本における太平洋戦争下の連合軍捕虜」福林 徹さん
  A「兵庫県下における連合軍捕虜の実態」平田典子さん
  ※ 他に、当時のことを知る方の証言
主催:神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会
                代表 安井三吉
〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1 神戸学生青年センター内
  TEL 078-851-2760 FAX 821-5878
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【今後の研究会の予定】
6月9日(日)、7月14日(日)、8月は休み、9月8日(日)、10月13日(日)、11月10日(日)、12月8日(日) ※発表ご希望の方は、水野または飛田までご連絡ください。

【月報の巻頭エッセーの予定】/2002年5月号(本間)、以降は、藤永、佐野、梁永厚、文貞愛、藤井幸之助、金河元、高木、森川。※締め切りは前月の15日です。よろしくお願いします。

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メールニュースを毎月一回発行しています。内容は、研究会の案内と月報の巻頭エッセー、それに、月報最新号のホームページアドレスです。無料です。希望者は、飛田まで「青丘文庫メールニュースがほしい」とメールをください。rokko@po.hyogo-iic.ne.jp
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<編集後記>

・ゴールデンウィークをいかがお過しでしょうか。月報5月号をお届けします。
・月報は100部程度印刷し、そのうち約60通を発送しています。学生センターでは、青丘文庫おより学生センターでは、自由にとることができます。購読料は年3000円です。高いような気もしますが、希望の方は郵便振替でご送金ください。。

・ワールドカップに関連して今年は韓国関係の報道が多いようです。いいことだと思います。ドラマもわりといいのがありますね。学生センターの朝鮮語講座もその影響か、4クラスとも満杯です。

・梁永厚先生の昨年12月の在日研究会での発表で絶賛?を浴びていた「GO」をきのう観てきました。映画の方です。極端な筋書きもありましたが、いい映画でした。でも私の趣味からすると「月はどっちに」の方が上です。
                     (飛田雄一 rokko@po.hyogo-iic.ne.jp)

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