『むくげ通信』151号(1995年7月)

 続々・阪神大震災と外国人        飛田 雄一

 

 阪神大震災からはや半年が過ぎた。地元NGO救援連絡会議/外国人救援ネットが取り組んでいる被災外国人の治療費および弔慰金の問題がそれなりに進展を見せている。

 まず、六月三〇日の朝日新聞の衛星版(アメリカ地方版?)の「マイオピニオン」に掲載された拙文を以下に再録する。

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 「被災外国人に重い治療費」

 一月一七日早朝、震度7の地震が兵庫県南部を襲った。被

災地では地震から五ヵ月が経過して復興へむけて動き出して

いるが、いまだに残されている課題も多い。

 五五〇〇名を越える犠牲者の中に約一八〇名の外国人が含

まれており、家を失った外国人も多数にのぼる。地震の被災

者は等しく救済されなければならないことは当然のことであ

る。それは日本国憲法および日本が批准している国際人権規

約、難民条約に定められた内外人平等原則にかなうことであ

る。ところがその原則をくつがえそうとしている状況がある。

オーバーステイ等の外国人の治療費および弔慰金の問題がそ

れである。「阪神大震災地元NGO救援連絡会議外国人救援

ネット」では、この問題に取り組んでいる。

 今回の震災では、家屋が倒壊して長時間ガレキの間に閉じ

こめられたことによる挫滅(クラッシュ)症侯群が多く発生

した。挫滅症侯群は腎臓障害を起こさせ、人工透析が必要と

なる。人工透析には多額の費用がかかるが、その支払いがで

きない外国人が存在している。ペルー人、中国人等の五名で、

金額にして約八〇〇万円に達している。

 災害救助法は、ある程度以上の災害に適用され、行方不明

者捜索(三日間)、避難所設営(七日間)、緊急治療(一四

日間)等を行なうとされている。行方不明者捜索、避難所設

営が定められた期限を超えて行われていることはよく知られ

ている。私たちは、緊急医療もこの一四日間という期間を越

えてなされるものだと考えている。外国人救援ネットでは三

月二〇日には厚生省と、五月一〇日には小里地震担当大臣と

交渉した。厚生省は、地震直後の救護所での治療は災害救助

法による治療であるが、その後の入院治療は一般診療であり

保険診療の枠内で行なわれるべきものだという見解である。

小里大臣との交渉では何らかの政治決断をする旨の返答もあ

ったが、最終的に厚生省の見解どおりの回答が届いた。保険

に加入している場合には、本人負担の一割ないし三割が今回

は特別措置で免除されていることを考えると、保険に加入し

ていない外国人の負担は非常に重いものとなる。人工透析の

場合など一人あたり二〜三〇〇万円にもなるのである。これ

には厚生省が、一年以上のビザ取得を国民健康保険の加入条

件としているため、一年以内のビザ取得者あるいはオーバー

ステイの外国人は、保険に加入できないという問題が背景に

あるのである。

 もうひとつ弔慰金の問題も未解決である。災害弔慰金等の

支払いに関する法律により生計維持者には五〇〇万円、それ

以外の者には二五〇万円が支払われることになっている。そ

の支払いは日本人に限られていない。しかし厚生省は、「住

民の遺族」に支払われるとある条文を、外国人の旅行者やオ

ーバーステイの人には支払われないと解釈している。その解

釈に地方自治体が縛られており、現在のところ死亡した四名

の外国人に支給の目途はたっていない。(一方で、例えば東

京から被災地に旅行中に地震で亡くなられた方には東京都が

弔慰金を支払うことになっている。) 外国人救援ネットで

は、行政との交渉の一方で、今なお治療を必要としていなが

ら高額の治療費支払いができない外国人のために「肩代わり

基金」の募金を開始した。NGOが日本政府に代ってとりあ

えず支払いをするので保険のない外国人も病院で治療を受け

てほしいという思いからである。未曾有の地震のなかで不当

に差別される外国人が存在することは、世界から援助をうけ

た地元の市民として許せないことなのである。

 

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 以上の記事ののちに治療費および弔慰金について新たな動きが出てきている。治療費については、兵庫県がその支払いのための検討を始めたことである。七月五日付の神戸新聞によると、災害時の特別措置として被災外国人の未払い治療費を病院に対して支払うことにしたという。その資金は、兵庫県と神戸市が出資をして設立した財団法人阪神・淡路震災復興基金を活用し、支払い先は県内の病院に限定していない。また兵庫県はその支払額を、二〇件程度で三千万円とみている。

 兵庫県のこの方法は、外国人救援ネットが主張している災害救助法による治療費の支払いとは異なった方法であるが、実質的な解決という意味で積極的に評価し、その早期の実現を望みたい。

 弔慰金については、支払の主体である神戸市が「支払ってはいけない」外国人のケースについて、すでに支払っていることが明かとなった。昨年十二月末に短期ビザで来日した日系ブラジル人母子が今回の震災で亡くなった。短期ビザでの来日なので厚生省や神戸市の解釈では「住民」ではなく、弔慰金支給の対象ではない。ところがこのブラジル人母子は外国人登録の手続きをしていたため神戸市が誤って(?)弔慰金を支給したのである。このブラジル人母子は、前々号で「神戸の恋歌」の新聞記事とともに紹介した韓国人と法的には同じ短期ビザなのである。ブラジル人母子に支払ってこの韓国人に支払わないという理由はなくなったのである。また、先号で紹介したペルー人は弔慰金の申請をして拒否されたが、その理由はオーバーステイではなくて、短期ビザでの来日そのものが拒否の理由だったのである。

 神戸市が、国際都市の名に恥じないように、独自の判断で短期ビザおよびオーバーステイの外国人に弔慰金を支払うように望みたい。

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 震災後のオーバーステイ外国人の治療費支払いの問題は、実は震災前の外国人のおかれていた状況がそのまま現れたものともいえる。私が原告団長をつとめるゴドウィン裁判は、緊急入院した外国人が他の方途が見つからないときは生活保護で救われなければならないという主張を裁判で争っている。この問題を裁判で争わなければならないような震災以前の状況が、震災後の治療費の問題を生じさせているのである。生活保護で主張することが困難ななかで、外国人救援ネットは災害救助法による救済を主張しているとも言えるのである。

 去る六月一九日にそのゴドウィン裁判の第一審判決がでた。門前払いの判決で原告の我々を失望させたが、憲法、国際人権規約の条項を示して国に外国人医療のための法的措置を求めた点は評価できる。本号では触れられないので、下の記事を参照していただきたい。(判決文等を収録した資料集を作成した。希望者は飛田まで。送料とも三九〇円) (95年 7月22日 ひだ ゆういち)

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